カテゴリ:旅立ちの時 の記事一覧

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    トム君永眠

    追記・・・大吾君の里親様へ

    11月24日午前10時半にトム君が永眠しました。
    生まれたのは2000年の4月中旬か下旬くらい・・・なので、15歳と7ヶ月・・・
    3年前に肝臓が悪くなり、鼻カテーテルを入れ強制給仕をしたら見事蘇ったトム君だったけど、今回は無理だったよう・・・

           トム君、また帰ってくるんだよ・・・待ってるからね

    10月の下旬くらいから、サスケが風邪を引いたらしく一日中鼻をブヒブヒいわせていた。
    鼻気管炎の後遺症が酷くて年中ブヒブヒいってるので、あれ?いつもより酷いかも?ですんでいた。
    もっとも家庭内野良だから薬も飲ませられない、自力で治ってくれ~といつも言って励ましている(笑)
    続いて妹のキクもブヒブヒいい出したが、キクの鼻気管炎の後遺症は余り酷くないからか、サスケほどこじらせなかったようだ。
    その次には、やはりキクがいつもくっついているトムに風邪が来るという・・・まあ順番ですかね。

    トムは調子が悪くなると押入れに篭るのですぐに分かり、様子を見ていたがやはり食べない。
    普段でも、自分が欲しいものがあるとトム専用の食器の近くに座って入れてくれるのをじっと待っている・・・私が気がつかなければ、気がつくまで待つという辛抱強いトム(笑)
    いつも食べるのを入れてやったら、よっこいしょという感じで立ち上がり食べだすが、横から誰かが食器に顔を入れてくると「どうぞ」と譲ってしまう。
    何というか、欲のない子で・・・だからトムが食べるときは、見張っておかないと横取りするやつが来る(笑)

    お口痛いがまた始まって食べなくなり、4月21日に検査をしにいったときの体重が4.4キロだった。
    若くて元気なときの最大体重が6.5キロあったトム、やはり老化と共に様々な病気が出てきた子は、体重の落ちる率が高いね。
    痩せていてどうなるかと思っていたら、夏前からそれまで見向きもしなかったシーバをいきなり食べだした。
    何事!と驚いたが、単純にシーバの美味しさに目覚めただけらしい(笑)
    それからは一日に何度も「ください」と食器の前に座り、少しずつだけど食べるようになった。
    すると当然のように太るわけで、多分体重は5.5キロ以上有ったと思う。
    よしよし、元気になったと喜んでいたのに・・・

    押入れにお篭りするのはトムの癖だから、また押入れから出てこないなぁと様子を見ていた。
    でも余りにもお篭り時間が長いし、シーバも欲しがらないからこれはイカンと強制給仕をしたら、嫌がって食べない・・・え?
    それほど酷い様子ではなかったのに?何で食べないの?
    元々食い意地の無いトムなので、調子を崩すと食べなくなるし・・・しかし何か変!
    その後も様子を見ていたが、どうも体調が悪そうなので病院に行こうと思ったら・・・今日は木曜、休診日だ・・・
    で、翌日病院に連れて行って気づいた・・・日にちを1日間違えてる・・・連れて行った日は金曜日だと思ってたのに、土曜日だった・・・
    木曜日は生ゴミを捨てる日なので忘れるはずが無いのに、なぜか曜日を間違えていた・・・後になって考えると、トムはもう逝きたかったのかもしれない、そう思えて仕方が無い・・・
    これは亡くなる前日に写したもの、かなりやつれている・・・

           亡くなる前日のトム、やつれてる・・・

    お腹が膨れていたし息が荒い、レントゲンを撮ると胸水が溜まっていた。
    そして・・・肺の上部に大きく白く写っている部分があり・・・腫瘍が出来ていたようだ。
    レントゲン写真を見てビックリ、押入れに篭るまではいつもと変わらず「シーバください」と、日に何度も座っていたのに・・・食欲もあり元気そうだったのに・・・
    なんで?どうして?と物凄く不思議、風邪が引き金でいきなり悪くなり胸水が溜まった?
    日常でもよく動く子ではないので、調子悪いのを気づけなかったのか?などなど、思い返しても何が原因?と思い当たるものは何も無いし・・・
    検査時の体重が5キロ、ああやっぱり急に悪くなったんだ、余り体重が減ってないもんね・・・
    胸水を抜いてもらったら160cc、腹水も少し溜まっているようだけど、抜くほどでもないということだった。
    あとは・・・どうしようもない・・・

    何でいきなり悪くなったのか考えても分からない、何で曜日を間違えたのか今でも分からない。
    7月に亡くなったアメ君とトム君は大の仲良しで、よくくっついていたっけ。
    アメ君が寂しいので、トム君に早く来るようにと言ったのかなぁ・・・どちらも腫瘍が出来、しかもあっという間に亡くなってしまったのも同じで、なんだか不思議な気がする。
    今頃は一緒に楽しく遊んでるのかなぁ・・・

    トムは、2000年の8月のお盆の頃にいきなり駐輪場にいた子で、ものすごく人懐っこかった。
    同じ年の6月にペータンが亡くなり、悲しくて仕方が無かった長女が、トムが現れてから1週間後に連れて帰ってきた。
    「人懐っこいから、子供たちにおもちゃにされてる」がその理由だが、ペータンによく似たトムが苛められているのが堪らなかったのだろうね。
    そしてその通り、トムの食べ物の好みから動き方まで、外見が少し違う以外は驚くほどペータンとよく似ていた。
    自分が死んで寂しがってるので、トムにあのおうちに行ってと頼んだのかな?と話したくらい似ている。
    トムが現れてから亡くなるまで、何とも不思議なことが重なっているもんだ・・・

    この写真は2002年1月26日に写したもので、トム君は1歳と9ヶ月。

           トム君若さ真っ盛り中・・・

           トム君、凛々しい(笑)

    トムの向こう側にいるのがゴマで、右側にいるのがモモ。
    トムもモモも穏やかで優しい性格の子、どちらも本当にいい子だった。

           トムとモモのツーショット(笑)

    モモも若くて元気なころ、この時代は若い子が沢山いて活気があったなぁ・・・

           モモはおとなしくていい子だった・・・

           モモが若い!(笑)
     
    プーさんもまだ8歳の頃、若いね(笑)

           懐かしいプーさん・・・

    この写真はコダックで写してCDに入れていたのだが、コダックの拡張子が特殊なのでJPGに変換できずで、長くお蔵入りになっていた。
    それを今年になってから一念発起し(笑)、ネットで検索して拡張子の変換が出来るかどうか調べてみたら・・・なんてことないい、インストールしてある画像ソフトのpaint shop proで変更できた!←灯台下暗しとはこのことだな(爆) 
    他にはフォトショーでしか変換できないコダックの拡張子、かなり昔のソフトなのに変換できたという優れもののpaint shop proでした!o(^∇^)o
    余りにも懐かしい写真ばかり入っていて、何度見ても出るのはため息ばかり・・・   

    この日に写っている子達は全員亡くなっている、プーさん・ミーちゃん・ゴマ・まめ・きんた・モモ・ぽん太・・・月日の流れを感じる写真ばかりで、見ていると辛いものがある。
    2001年11月、この少し前に保護したナナの保父さんをするトム君、こうやって小さな子に好かれるのもトムが優しいから。
    アメ君といいトム君といいプーさんといい、我が家は保母さんはいないけど保父さんは沢山いた(笑)

           うめの保父さんをしているトム君、いい子だ!

    いつも送るときにかける言葉は・・・また帰って来るんだよ、待ってるからね・・・
    みんな順番に帰ってきてくれるかな?

    *****************************************************

    大伍君の里親様へ・・
    大伍君が旅立ったとか・・・残念です。
    お父さんの背後霊のようだった大伍君、きっと今も足の間で寝て一緒にお風呂に入っていると思います。
    猫は時間の壁を越えて動くと言われていますので、いつでも傍に来ていることでしょう。
    名前を呼んで、時々声をかけてあげてくださいね。
    連絡方法は、このブログのサイドバーの下の方にメールフォームがありますので、そちらに書き込んでいただいたら届きます。

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    アメ君永眠

    2015年7月8日20時30分過ぎに、アメ君が旅立ちました。
    2003年お正月に保護したときは多分3歳くらいだったと思うので、今は15歳かな・・・
    オス猫には珍しい乳腺種になって、悪性ゆえに完治もならず・・・残念です。
    でも全く苦しむことなかったし癌特有の痛みもなかったし、それがとても嬉しいですね。
    保護して2週間後のアメ君、まだ痩せてるけど。

          200年1月19日保護して2週間目

    2005年1月5日、お正月休みの最後の日だから用事を済ましておこう、そう思って灯油を買いに自転車で行った。
    横断歩道を走っていると、花壇の前で丸くなって寝ている猫がいた。
    「ああ、この子だな」・・・数日前に近所の猫好きな人が、「高級な猫がウロウロしてた、お腹がすいてたようだから餌をやったけど」と言っていたので、すぐにその子だと気づいたのだ。
    高級な猫・・・ふむ、アメショー柄なのでペットショップで売っているから高級な猫・・・いやいや、その感覚には笑っちゃったけど(^^;;;
    1ヶ月弱過ぎたころ、もうこれだけの貫禄があった(笑)

          2005年2月1日保護して1ヶ月弱

    傍に行くと顔を上げたから、声をかけると立ち上がる。
    かなりの人馴れしていた子で、痩せてガリガリだし顔に傷があるしで、このままほっとけないと連れて帰ることにした。
    抱いてもじっとしている、なので片手で自転車を持って片手で抱いて・・・(笑)
    毛が抜けて首輪の後がくっきりついていたので飼われていたのは分かるし、余りの人馴れ度に可愛がられていたのも分かるが、しかし未去勢だった。
    家の中には当然慣れていてあっちこっちとウロウロ、先住の弱虫にゃんsが逃げる逃げる(笑)
    いつものことだが、完全室内飼いの子は本当にあかんたれだわ( ̄w ̄) ぷっ

    未去勢なので夜になると大声で鳴きまわって徘徊、いや当然だよ。
    だから五月蝿いと外に出されたのかな?そして出入り自由にしていたとか?
    アメ君は保護時は体重は2.5キロしかなかった、そして体中カサブタだらけで右の頬には化膿した傷があり、手足のつめは擦り切れてほとんど伸びていなかった。
    それを見たら外での生活がどんなだったか分かる、臆病で逃げ回ってたってことだね・・・だから体中引っかき傷だらけで、必死で逃げてたから爪は擦り切れたと・・・
    とにかく出たがる原因の去勢をしなきゃ!なのだが、手術の予約まで数日あり、その間は毎晩大声で鳴いてくれましたさ!(爆)
    2013年12月5日、この頃は年齢的に少し痩せてきていたが、まだ乳腺腫は発症していない。

          こんなに元気だったのに

    でも性格は本当に穏やかで、逆にとろいんじゃいかい?と思えるくらい争わない子だった。
    小さな子の面倒をみるのが大好き、だからその後に来たドルはアメ君の傍を離れず、いつだったか大人になってからでもアメ君のおっぱい吸ってた(爆)
    アメ君はFIVキャリアだが、あの子は「噛む」という行為自体知らないのでは?と思うくらいで、時々猫同士のトラブルが起きても、必ず右前足でパンチの連打をするだけ・・・それも目にも留まらぬ早さにはならない猫パンチ、だからいつも最後には逃げる・・・(笑)
    喧嘩をしたり噛んだりすると一緒に出来ないが、とにかくマイペースでのんびりした子なのでそれが出来たのだと思う。
    どうしても襲われている子は感染するね・・・外に出されなかったらそうはならなかたのに・・・

    しかしその免疫不全の特徴なのかな・・・6月末から急激に症状が悪化して食べなくなり強制給仕をしていたのだが、飲み込むことは飲み込むが、あれだけ食欲魔人だったアメ君にしたら、とてもじゃないが絶対量が少なすぎてどうしようもない・・・
    でもね、マメサブもそうだった、あの子もキャリアだったから急激に悪化し、そして自ら食べることを拒否した。
    アメ君も同じような経過をたどっていて、免疫不全はあるところまで悪くなると急激に状態が悪くなる・・・それが特徴なのかな?
    でも、食べないというのもそれはその子の意思・・・癌特有の痛みが来る前に、自分で死期を決めているような・・・
    だから無理強いはしない、アメ君の意思を尊重し、そして体が楽なうちに穏やかに逝かせてやろう、そう決めていたのだ。

    8日になっちゃんのウンチを出してもらいに病院へ行き、帰りに買い物をして家に着いたのが20時25分過ぎ。
    いつもは私のベッドの下に篭っていたのに、帰った時にはベッドの上に上がっていた。
    あれ?アメ君、ベッドの上に上がれなかったのに上がれるようになったのかな?と見に行けば・・・ああ、もう口をあけて口呼吸してる・・・
    最後の力を振り絞って、いつも一緒に寝ていたベッドに上がったんだね。
    しばらく撫でてやっていたが様子は変わらないようなので、とにかく買ってきたもので生ものだけ冷蔵庫に入れようと傍を離れた。
    そしてすぐに帰って見てみれば・・・ベッドの下に落ちてる!
    ビックリして見に行ったら、もう息をしていなかった。
    ベッドの上に上げて体を撫でてやっていたら、大きな息を3~4回ほどしてそのまま・・・やっと楽になれたね・・・

          アメ君、また帰っておいでよね

    アメ君は私が帰ってくるのを待ってくれていたようだ、そして安心して逝ったのだろう。
    一昨年亡くなったちづも、吉備津彦神社に行って帰ってきて10分もしないで亡くなったが、あの子も待ってくれていたようだ。
    昨年亡くなったモモは、元気そうだからとほんの1時間ちょっと外出している間に亡くなったが、あの子は最後を見られたくなかったのだろう。
    その子その子によって逝き方が違う、でもそれはその子の意思だから尊重してやらないとと思っている。
    人にも意思があるように、猫にもきっと意思があると思うから・・・

    なんだかノーテンキな子がいなくなると火が消えたよう、「アメ~っ!」と言って追いかけていた私が一番寂しいのかもしれない。
    「アメ君命」のドルは、いつも余りの意地悪振りに誰も傍に行かなかったが、アメ君がいなくなったストレスからか今はより凶暴さを増し、自分の方から皆を襲いに行っている(爆)
    ご飯の用意をしているといつも足元に来ていたが、今まではゆる~い猫パンチを繰り出していただけなのに、今は傍にいる子に強烈な猫パンチを食らわせて怒り狂っているドル・・・困った!(笑)
    アメ君のおっぱいを吸ってるドル、証拠写真だよ!(^w^) ぶぶぶ・・・
     
          2005年9月17日

    オス猫に発症するのは1パーセントほどの確率しかない悪性乳腺腫、猫にしてはちょっと変わった変猫のアメ君だったので、罹る病気も超珍しい病気だったよう。
    今頃は先に逝った皆のところで、あのヌーボーとした性格の本領を発揮しているかもしれない。
    もう辛い病気でもないし、現世の制限を何も受けない世界に居るんだからね、ゆっくりと自分の好きなことをすればいい。
    人も猫も、いつでもどんな時でも幸せな時を過ごせることが一番、そうだよねアメ君・・・

    カンナ(モカの母ちゃん)永眠

    2015年4月19日午前9時過ぎに、カンナことモカの母ちゃんが永眠しました。
    推定ですが、2003年の夏生まれだと思うので、この時は12歳になる少し前くらい・・・

           2015年4月19日

    カンナに初めて出会ったのは、2003年の年末だったと思う。
    駐輪場のすぐ側のマンションの駐車場に、同じ柄の子が2匹並んで座っていたのが始めてみた時。
    カンナの方が少し白が多かったが、同胎の子でその時はまだ小さいから一緒に行動していたのだろう。
    呼んだら逃げて行き、次に出会ったのは1年近くたってからだった。
    その時にはシャムミックスの子猫を連れており、どうも以前から駐輪場に食べに来ていたようだ。
    その子を保護したあとに、道路を隔てた向こう側で黒猫が鳴いていたから、多分兄弟だと思うのだが・・・いくら呼んでも来なくて、そのうちに姿も見せなくなった。
    でも子猫を保護した後でもカンナは食べに来ており、そのまま駐輪場に定住してしまった。
    そしてやっと捕獲でき手術終了~
           
            2005年2月4日やっと捕獲できた!

    カンナは極端に臆病な子で、とにかく少しでも近づくと飛んで逃げる。
    仕方がないからご飯はその辺に置いてやるのだが、見ていると食べない・・・だから置くと同時にさっさと私が逃げていた(笑)
    しかし「この人は美味しいものをくれる人」と認識したのかどうか、ほんの少しずつだが距離が縮まっていったのだ。
           
          2007年1月2日側まで行けないのでピンボケ・・・

    それでもこの距離、この頃にはこの駐輪場は閉鎖されていたので、電気もあまりついていないくて薄暗い。
    人の出入りもないし薄暗いしで、臆病な子にはちょうどいい食事の場だったらしい(笑)
    しかし駅近だから人通りがあり、落ち着いて食べれないのか道路を渡ったところにある駐車場に移動した。
    そこの車の下で食べるのが日課になって、私はやれやれ(笑)

           やっとお弁当で食べた~

    カンナは早い時期から口内炎になり、食べることが怖くてたまらなかった時期があった。
    発症は多分2歳過ぎくらいかな?
    固形物はもちろん食べれない、それに臆病すぎるので近寄れないから薬も飲ませられない。
    考えた末に、流動食のお弁当を作ることにした。
    まずカリカリを水でふやかし、もっと細かくするためにミキサーにかけ、その中にカロリーエースやウエットを入れ、ゴムパッキンのついた550ミリリットルのお弁当箱の蓋近く、500ミリリットルくらい入ったのを持って行ってやった。
    最初はあまり食べなったが、やはり飢えには勝てなかったようでそのうちに食べだし、なんと大量の流動食を完食!
    毎晩ほとんど残すことなく食べたカンナ、いやいや逞しく生きる力のある子ですわ(笑)
    その流動食を1年半持って行ったが、そのうちに口内炎の痛みに慣れたのか固形物も食べだしたので、通常のお弁当に変えたのだ。
    でもね、こうやって口をアグアグさせながら食べてた・・・

           2009年3月12日お口が痛い・・・

    その後・・・2010年4月に、他の子を捕獲しようと仕掛けていたら・・・あらまあ、カンナはんが入っていたという・・・(笑)
    いつもいないくせに、そんなときだけいるんだもんなぁ・・・もうシニアになってるし、これで放したらもう二度と捕まえられないだろうな、と思い連れて帰った。
    「何でこんなところに居るんや~」と、お怒りMaxのカンナ(笑)

           ケージに中で怒っております(笑)

    しかし、家の中が快適で安心ということはすぐに分かったらしく、その後はおとなしくなったんだけど・・・
    元が臆病な子は一人が好き、ケージ生活がとても快適だったらしく、その後1年半出て来なかった。
    これではいけませんと追い出したら、思った通り家庭内野良道をまっしぐら(爆)
    そして今年の2月に病院へ行くために捕まえるまで、寄るな触るなシャーなカンナだった。
    ネットに入れてから「背中カキカキ作戦」を実行したら、「ん?なんか気持ちいい♪」と思ったらしく、急激に馴れていってくれたのだ。
    口が痛いのでグルーミングが出来ない、だから毎年春には背中にタンコブのような大きな毛玉が出来ていた。
    ご飯を食べているときに油断してたら、さっといった感じでむしり取っていたが、それも中々うまくいかず・・・でも背中を触れるのならブラシが出来る。
    一生の終わり近くなってからキレイにしてやれるのもなぁ・・・なんか哀しい・・・

    ケージに板を入れてワンフロアーにしてやったが、でも上段に上がれるのにカンナは上がらない。
    多分上段に飛び上がる体力がなかったのだろう・・・家庭内野良の子は、こうやってとことん悪くなるまで症状が分からないんだよね・・・
    でもね、口内炎が発症して10年近く経っているのに、今まで生きてこれた方が不思議だ。
    やはりアグアグいいながらでも食べれたからだろう、それがカンナの長生きの秘訣だったのかもしれない。
    しかし口内炎は食べれなくなるために徐々に体力を奪われる、カンナもお決まりの貧血が始まっていたので、あとは対症療法しかないんだよね・・・
    一日に何度もミニ缶をやっても、半分か3分の1くらいしか食べれないからね、やはり体力の落ちていくのはどうしようもない。

    そしてカンナにはもう一つ問題があった。
    腸に腫瘍が出来ているのが分かっていたが、手術する体力もないので見守るしかない・・・そのうちに腫瘍が大きくなり、最後には詰まりイレウスになるか・・・しかしそこまでの体力が残っていなかったようだ。
    朝8時過ぎに見に行ったときは、ケージの近くに行っただけで聞こえるくらい大きな音でゴロゴロと言っていた。
    背中を撫でてもらうのが好き、側にいてもらうのが好き、でもね馴れるのが遅いんだよ~

           幸せだったのかな?

    ほんのつかの間しか触れなかったけど、それでも馴れてくれたことは嬉しかった。
    今はもう穏やかな日々を送っているのかな?
    今度生まれてくるときは臆病なのは置いてくるんだよ、そしてこの次の生は幸せになりたいと、そう言って猫の神様にお願いするんだよ・・・

    政子さん永眠

    日本中がまたもや寒波に襲われてる?
    久しぶりに富士山ライブカメラを見に行けば、一面の雪景色じゃないですか!
    雪景色とあまり縁の無い地域に住んでいるので、「え?なんで雪景色なん?」・・・って、雪が降っているからじゃろうが!(爆)
    見ているだけならキレイだけど、住んでいる人たちは大変だろうな。
    都会で雪が降ると、もう何もかもが麻痺しててんてこ舞い、文明生活もほどほどにしておかないと、サバイバルは出来ませぬ・・・(笑)

    政子さんが2015年1月7日17時ごろ永眠しました。

    2012年9月中旬に保護した政子さん、もうかなりの高齢なので見送ってやるだけかも?と保護したんだけど・・・いやいや、その生命力には脱帽です!
    政子さんの右目は無い・・・黒目が眼底に張り付いていたので、多分何かで殴られたか蹴飛ばされるかの虐待だったのだろうと思う。
    右側の歯もほとんど無かったからね、やはり右顔面を何かで殴られたのかな?
    もし交通事故なら、他の部位にも傷なり打ち身なりの影響があるはずだから、顔だけというのはやはり虐待の可能性が大だ。

    保護した当初はゴロゴロにゃんだったのに、数週間後には威嚇しまくりの怖いばあちゃんに変身!(笑)
    そうか、政子さんこの性格なので嫌われたのか、と実感できるから笑える。
    猫や犬は人間にべたべたとくっついて当たり前、そう思っている人が多いからね・・・政子さんのように、触るとシャーで撫でるとプハーだと、怖がられて嫌われるわなぁ・・・
    凶暴になっていくに従って手が出たり噛んだりしていたが、そこはお年寄りなので唸られても怖くないし、噛まれても歯があまり無いので痛くない。
    政子さんが「くそ~っ」と思っていたかどうかは定かでないが(笑)、いくら頑張っても平気なので諦めたのか、そのうちお怒りの声だけになった( ̄w ̄) ぷっ

          政子さん、ゆっくりお休み

    そして昨年当初から、高齢なので腎数値が悪くなり、1日おきの点滴が始まったのだ。
    もっとも数値が悪いといっても僅かなので、1日おきに200入れていただけだけど、その輸液も当初は怒り狂いできなかったくらい元気なばあちゃん・・・顔に薄いペット用毛布を掛け、針と頭を抑えての作業でして。
    ウギャーウギャーと雄たけびを上げ、済むとプシャーッと一言捨て台詞を吐いてケージにお帰りになる(笑)
    その程度のことなど私には軽いもんで、別に気になるほどのことでもないからね、政子さんのお怒りを見るのもまた楽しみだったという・・・ヽ(´▽`)/

    でもね、政子さんのような子は案外多い、結局は臆病だから威嚇したり逃げたりするんだけど、それを人間サイドからの目でしか見ないから、「馴れない可愛くない子」になってしまう。
    人間だって性格は多種多様でしょ?だったら動物たちもみんな同じでは?
    そこに思い当たれないから、どうしても人間としての「思いや気持ち」が出てしまい、自分に馴れない・甘えない・懐かないを基準にして見てしまうので、それが動物に対する対応として出てしまうのでは?
    政子さんは典型的な臆病猫、性格+環境でそれが益々強くなったのではと思う。
    まあそれでもいいから好きにすればいい、そう思っているから好きにさせていたら、保護時から2年3ヶ月・・・ずっとケージが住居になった(笑)

    それでも、点滴を入れだしてからケージから出すので、ある程度外に慣れたのか昨年の夏くらいからお散歩に出てくるようになったのだ。
    たまにベランダに出たりしていたので少しは進化したのかと思っていたら、寒くなるとともにまたもやお篭り生活に(笑)
    ケージに帰るときに飛び上がれずで、爪でケージを引っ掛けて上っていた。
    これはいかんでしょと踏み台の高さ違いを並べて階段にし、それを置いてやったら出入りが楽になったのかお散歩の回数が増えた~(爆)
    出てきても廊下で香箱を組んでじっとしているだけなのに、ビビリンばっかりのオス猫たちは横を走って通り抜ける・・・お~い、2キロそこそこのばあちゃん猫でも怖いのか?ヾ(@^▽^@)ノわはは

    いてもいなくても存在感は余り無い政子さんだったけど、しっかり手数は掛けさせてくれましたさ(笑)
    板を入れて4段に改造したGBのケージに、トイレも入れたんだけど・・・最初の頃こそトイレまで降りていってしてたのに、そのうちに自分が寝ている猫ベッドで用を足すようになり・・・それはいかんやろ!
    と言っても聞いてくれはずもくなので、頭をひねって考えた(爆)
    まず猫ベッドのマットにトイレシーツを巻き安全ピンで留める、そしてその上にペットシーツを縦長に置き、動かないように上下を安全ピンで留める。
    そしてその上に、フリースの毛布をやはり安全ピンで留める、そしてそれを毎日取り替える。
    これでオムツ無しでやっていけた。
    楕円の猫ベッドなので、フリースを掛けるときに横2ヶ所にダーツを入れて曲線を作り安全ピンで留め、最後に前の部分を安全ピンで留めるので、フリース用に5本とペットシーツ用に各2本の安全ピンを使っていた。

          昨年2月、もう調子悪し

    猫ベッドのマットをくるむペットシーツはレギュラーでいいけど、縦長に置くペットシーツはレギュラーでは短くワイドでは長かった。
    でもユニチャームのセミワイドというのがあって、それは長さが50センチだからちょうどよいし、ユニチャームのペットシーツは吸水性が高くおしっこが戻らない優れもの。
    そして濡れてもすぐに乾くし、水戻りが余り無いフリースの毛布を使うと、1日に1回で結構問題無かった。
    でもね、昨夏にはお散歩がてらその辺のトイレでご用を足してたんだよね・・・結局下の段まで降りるのが面倒だっただけ?
    猫も、お年寄りのすることはよく分からんですわ(爆)

    年が明けた4日くらいに、政子さんを抱き上げたときにまるで重さを感じなかった。
    あれ?これは・・・と分かっていたから驚きはしないが、やはりもう限界だったのかな?
    昨春にもうダメか?と思わせるほど弱ったけど、その根性で見事復活した政子さん。
    やはりよる年波には勝てなかったのかな?
    その昨春に弱ったときから、上から見たら「お腹がえぐれてる?」と思うほどぺしゃんこだった。
    食べてないのかというとそうでもなく、シーバと銀スプをよく食べていたんだけどね・・・
    お散歩に出てくると、置いている他のフードもちょっと味見とばかり食べていたから、どうしてお腹があれだけぺしゃんこなのか分からない。
    でもそれが政子さんのベストな状態だったのかもしれない、その状態で1年以上だもん(笑)

    限りなく20歳に近い年齢だったであろう政子さん、やっと楽になれたかな?
    余り幸せだったと言えない一生だけど、うちにいた間だけでも穏やかに過ごせたかな?
    せめてお花をいっぱいにして送ってやろう・・・と思って入れたら、多すぎて政子さん陥没(爆)

          まだ元気な頃・・・

    7日の日も14時くらいにスープを10ミリリットル飲んだ。
    その後は大きな息をしてじっと横たわっていたが、外に出してやって見送ることもできない子なので、静かにそのままにしておいてやった。
    何度も見に行っても同じ状態、ではちょっと買い物にと出て行った間に逝ったようだ・・・モモもそうだったけどね、なんでほんの少しいない間に逝くのかなぁ・・・
    見守られると逝きにくいんだろうね、動物たちはそのことをよく知っているのだろう。
    見送れなかったのは残念だけど、それがその子の希望なら仕方がないと思っている。

    さて政子さん、今頃はプーシャーと言わなくてもいいところにいるかな?
    同じ仲間の中にいるんだからね、もう唸っちゃダメだよ~(笑)

    輪禍

    少し前から、水道ポンプのところに食べに来る子猫がいた。
    とにかく臆病な子らしく、かなり離れたところで小さく固まって鳴いている。
    近づいて来ないから仕方なく、いつも持っている透明な容器に入れて持って行ってやろうとすると、1~2歩歩いただけですっ飛んで逃げて行くという・・・
    ポンプの横にあるプレハブの下の隙間などに入れてやっていたが、少しずつ姿が見える位置に出てくるようになった。
    そして2ヶ所ほど自分が安心できる定位置を見つけ、なんとかそこで待てるようになっていた。
    そうなるとお弁当箱に入れてやるほうがいいので、他の子と同じ容器に入れて持って行ってやり、定位置に置いてやると逃げても食べに来るようになっていたのに・・・

    24日の0時半ごろ容器を引き上げに行ったときに、目の端に側の道路のセンターライン上に何かあるのが見えた。
    ちょうど何ゴミを出す日で、その生ゴミ置き場の側だったから、また誰かきちんとビニールの口をくくってなくてゴミが道路に落ちてるんだ、そう思い見に行かずにそのまま自転車で通り過ぎたんだけど・・・
    10メートルほど走ってから、どうしてもそのセンターラインの上にあったものが気になり、やはり見なくては!と見に行けば・・・その子猫が車にはねられてた・・・

    何度か逃げるのに道路に飛び出したので、驚かさないようにしてたのになぁ・・・
    7月に避妊手術をしたキジサビの子と、3年越しで捕まらない黒猫が常連で来る場所なので、猫も怖いし人も怖いの子だったから、何かに驚いて道路の向こう側に行こうと飛び出したのかもしれない。
    右側の口元が車に当たったようで口から血を出していたけど、たぶんはねられてすぐだったのだろう、5~6センチの小さな楕円形に血が出ていただけだった。
    抱き上げると暖かい、はねられたのはほんの数分前だったかも?
    もう少し早く容器を引き上げに行ってたら、この子ははねられずに済んだのかなぁ・・・

    いつも遠くにいて小さく固まっていたので、まだ3ヵ月にもならない小さな子猫かと思っていたのに、案外大きくて3ヵ月半くらいの子だった。
    キジの色がグレーのキジ白の女の子、体もしっかりしていて痩せてなかったから、食べることには不自由はしていなかったのかな?
    でもね・・・お弁当にしてやってからまだ2回目だったんだよ、2回しか食べてないんだよ・・・
    はねられる前にはお腹いっぱい食べれたはず、それがせめてもの救いかな・・・

          2014_10_23kijisiro.jpg

    余りにも臆病すぎて、いつも走り回っていた子。
    今度生まれて来る時は、もう外を走り回ることの無いように、可愛がってもらえるおうちの子になるんだよ。
    外で生まれた子や捨てられた子の生存率は余りにも低い・・・ましてや都会で生活する子はもっと生きにくい・・・

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