2014年01月 の記事一覧

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    プーさん永眠

    19歳の誕生日少し前から体調を崩していたプーさん・・・2014年1月25日午前11時5分に永眠しました。
    19歳と2ヵ月と何日か・・・人間の年齢に換算すると、もうすでに100歳を超えているとか・・・オス猫はメス猫より加齢が早いそうだから。
    阪神大震災の前年生まれ、震災時は生後2ヵ月半で大震災を経験した猫です。
    オス猫で19歳まで生きるのも珍しい、そう病院で言われたくらいとても長生きをしたプーさんですが、お口が痛くなったとたんにあっという間に調子を崩してしまいました。

          さよならプーちゃん

    1994年12月の初旬、ご近所さんが首に長いビニール紐を結んだプーさんをつれてきた。
    「子供らが紐でつないで引っ張りまわしている。小さいのに可哀想・・・誰か飼ってくれないか」と、見つけた人がその近所さんに言ったそうだ。
    で、その後近所さんはすぐに私を思い出したので連れてきたそう。
    当時まだ生後1か月くらいなのに、小学生たちがビニール紐を首に結んで連れ回って遊んでいたらしい。
    今から比べるとその頃はそんなこと当たり前、動物は酷い目にあっていた時代だ・・・

    最初から人馴れして甘えん坊だったから、多分捨てられてのだろう。
    その頃はペータン・チョン・ピーちゃん・うっちゃん・ゴマといたが、プーさんは全く猫見知りもしないし他猫に怖気づきもしない。
    鷹揚でまったりとした性格、怒ることもなく争うこともなく・・・プーさんがフーとかシャーとか言ったのを聞いたことがない。
    一度だけ友人が食べているお皿を触ったらシャーッと言ったが、そう言った当のプーさんが一番驚いて、食べるのを止めて逃げていった(笑)
    これほど穏やかで優しい性格の子は滅多にいない。
    「プーさんのような子ばかりだと、何匹いても苦にならないね」なんて話していたくらいだ。

          2002年10月4日6歳のプー

    7歳くらいのときにストルバイトが溜まり、それをレーザーで粉砕した。
    その後はプーさんだけの療法食になり、どうしたものかと思案していたら・・・
    テーブルの上に密閉容器に入れた療法食を置き、プーさんにそれを食べるように教えたのだが、すぐにそれが自分専用だと思ったのか、それともお口にあったのか(笑)、欲しくなると蓋をしている密閉容器を前足でパタパタいわしていた。
    多頭なのに、プーさんはなんと食事療法をしやすかったことか!
    7歳といえば2001年、当時のウオルサムはロイカナと合併前だったのでまずかった。
    他の子は食べないPHコントロールを、美味しそうに食べるプーさんだったから、きっとプーさんは味覚音痴なんだと笑ったっけ・・・
    1年ほどウオルサムを食べさせてから、他の子も一緒にということでニュートロに変えた。
    それが合ったのか、それっきりストルバイトは出ていない。

          プーは今では珍しいボンボリしっぽです(笑)

    プーさんが来た頃はまだ娘二人とも家にいたのだが、長女が「プーさんの動きを見ていたら、自分が何番目に帰ってきたか分かる」と言って笑っていた。
    1番最初に帰ってくると、プーさんは飛んで出てきて玄関まで迎えに来てくれる。
    2番目に帰ってくると、一応は出てくるがドアのところから顔を出すだけ。
    3番目に帰ってくると、寝転んでいる顔をちょっと持ち上げるだけ・・・おいっ!(笑)

          2003年7月20日シニアになったプー

    次々と子猫を保護しても、穏やかな性格のプーさんは保父さんをしてくれた。
    平成15年にアメ君を保護してからは、子猫フェチのアメ君に保父さんの座を譲ったが、穏やかな性格は子猫にも分かるらしくとてもプーさんに懐く。
    直感に優れているのが猫なので、誰が自分に優しいか分かるのだろうね。

    今までに写した写真に結構プーさんが写っているのだが、それはいつも出てきていてどこででも寝転んでいるから(笑)
    特に冬はストーブの前にいつもいたので、写真を写してもらえる機会が多かったのだろう。
    誰が来ても我関せず、撫でてもらっても寝転んだままのプーさん、いい性格の子です!
    歩いていると両足にスリスリして転びそうになるくらい甘えるのに、とにかく抱っこすると足を突っ張って拒否する。
    抱っこ嫌い暦19年を貫いたプーさん、結構頑固だったのかも?

          2005年12月8日9歳になってるのに若く見える

    5~6年前から毎晩私の枕元で寝るようになったが、右にプーさんで左にミーちゃん、寝返りも打てなかった(笑)
    1歳くらいまでは布団の足元で寝ていたのに、その後は全く布団の上にも来なくなっていた。
    ミーちゃんが私と一緒に寝るようになってから、仲良しのプーさんもベッドに来るようになったのだ。
    ミーちゃんが亡くなった後も一緒に寝ていたが・・・プーさんに「16年目の目覚め」が起きた!(爆)
    寒くなってからも枕元で丸くなっているので、一緒に寝れば暖かいのにと思い布団の中に引っ張り込んでみた。
    しばらくはもそもそしていたが、「ん?これは?」と思ったのか私の右腕を腕枕にして寝てしまった(笑)
    それからは毎晩布団の中に入って一緒に寝るようになり、いったん出て行ったら「入れてくれ~」と私の腕をがりがりとかいてくれる・・・寝てるのに起こされてた!(笑)
    カウチソファーで寝転んでも、すぐにプーさんがやってきて腕枕をして寝ていた。
    それも昨年の11月前からしなくなっていた・・・多分、その頃から誰かと一緒にくっつくことがしんどかったのだろう・・・

    秋までは、小走りでやってきて軽快にベッドに飛び乗っていたのに・・・
    プーさんほど高齢な子が、口の中が痛くなって食べれなくなると衰弱するのが早い。
    やはり食べることが健康の元、食べれなくなるということは高齢な子には命取りになるよう・・・
    出来るだけ自力で食べさそうと、色々な食べ物を与えたのだが・・・数回食べると口を前足でかき、その後は食べれなくなる。
    仕方がないので12月の中旬から強制給餌をしたが、食べる絶対量と自力で食べていると言う自覚がなくなるのとで、どんどん衰弱していく。
    11月の検査で若干貧血気味の血球容積が30だったのに、1月21日には20に減少していた。
    a/d缶とニュートリカルの強制給仕でも、体力の衰えは止めれなかった。
    高齢のために消化能力も落ちていたろうし、代謝もよくなかったと思う。
    もしお口痛いが無ければ・・・もう少し頑張れてかもしれないけど・・・

          しんどそうだね・・・

    22日に次女から「珍しく仕事が早く済んだので、何か食べに行こう」と電話があり、7時過ぎに出て9時過ぎに帰ってきた。
    すぐにトイレ掃除をしだして、新聞紙トイレにしている横入りの大きな猫トイレの蓋を開けると、中にプーさんが横たわっていた。
    びっくりしていつもの場所に連れてきたが、その時は息も絶え絶え状態で意識朦朧。
    それまでは足元がおぼつかなくトイレませ行けないので、途中の廊下なんかでおしっこをしていたのに・・・
    しかもその新聞トイレは私のベッドの近くに置いてあり、最近いつもいる場所からは10メートル近く離れている。
    トイレにたどり着いても中に入る力が無く、上半身をトイレの中に入れ下半身は外という状態だったのに。
    よくトイレの中に入れたと思う・・・歩くのも大変なのに、でもなんだってそのトイレまで行ったのだろう?

    しばらく安静にして、息が落ち着いたので輸液を入れて様子を見ていた。
    それから餌やりに行き、先に入れた輸液が150だったのでもう少し追加した。
    そして翌日、それまでは動いていたのでオムツをしていなかったが、倒れてからはオムツをしたのにおしっこが出ていない。
    おしっこが出なくなって1日が来ようとする、これはいけませんと病院へ走った。
    1月20日の検査でBUNの数値が50出ていた、だからこれだけおしっこが出ないと尿毒症になって苦しむ。
    利尿剤を打ってもらい帰ってきたが、その後も中々おしっこは出ない。
    夜中に餌やりに行くのだが、帰ってきてしばらくするとやっとおしっこが出ていた。
    しかし大量というほどでもない・・・でも、それまではやはりしんどいのかちょこちょこと動いていたのが、おしっこが出てからはスースーと軽い寝息になっていた。
    翌朝8時ごろにはオシメの中にウンチをしていたが、おしっこは出ていなかった。
    もう限界だなぁ・・・そう思ったとおり、それまではよく眠っていたのに、11時過ぎからのけぞって口を開けて数回大きな息をした・・・
    そして11時5分、プーさんの長かった猫生は終わりを迎えたのだ・・・
    心配した尿毒症にはならず苦しむことなく逝けた、それがとても嬉しい・・・

    10年を一つの世代と言う、ならば20年近く一緒にいたプーさんとは、一緒に二つの世代を過ごしたことになる。
    やはり長年一緒にいたことと、私との密着度の高かったプーさんがいなくなるということは、今は限りなく寂しい。
    でもあの重い体を引きずっていたことを思うと、これでよかったのだと思いたい・・・
    ボンボリしっぽのプーさん、長い間一緒にいてくれてありがとう!


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